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最低賃金の大幅引き上げ時代に 中小企業オーナーが今、経営判断すべきこと
最低賃金の大幅引き上げ時代に 中小企業オーナーが今、経営判断すべきこと
1.最低賃金引き上げの全体像――「一時的な上昇」ではない
最低賃金は、ここ数年で過去に例のないペースで引き上げられています。
今年の10月から順次適用される2026年度の改定では、全国加重平均が1,177円となり、前年度から56円の大幅な引き上げとなりました。大都市圏だけでなく、地方でも目安額に上乗せして引き上げを行う地域があり、全国的な賃上げの波が続いています。
背景には、政府が掲げる「2020年代に全国加重平均1,500円」という目標があります。物価上昇と労働力不足が同時に進む中、最低賃金の引き上げは一時的な景気対策ではなく、構造的な政策として定着しつつあります。
つまり、「今年は上がったが来年は落ち着くだろう」という前提は通用しません。毎年数十円単位で最低賃金が上がり続けることを前提に、経営の意思決定そのものを組み立て直す必要がある時代に入っています。
これは単なる人件費管理の問題ではなく、会社の収益構造・値付け・事業承継や売却時の企業価値にまで波及するオーナーの経営課題です。現場任せにせず、トップである自分自身が数字を押さえておくべきテーマだといえます。
2.特に注意すべきオーナー像
- パート・アルバイト比率が高い業種を経営している
小売、飲食、介護、宿泊、警備など、時給労働者への依存度が高い業種は、最低賃金の引き上げがそのまま人件費総額を押し上げます。従業員の大半が最低賃金近辺で働いている場合、影響は特に大きくなります。 - 自社の値付けを長年見直していない
「値上げをすると顧客が離れる」という不安から価格転嫁を避けてきた場合、人件費上昇分がすべて自分の役員報酬や会社の内部留保から削られていくことになります。 - 取引先との力関係で価格を握られている
下請的な立場で発注側に価格を決められている場合、人件費が上がっても自社の裁量で転嫁できません。取引構造そのものを見直す必要があります。 - 将来の事業承継・売却を視野に入れている
人件費の恒常的な上昇を放置したまま利益率が下がり続けると、後継者に引き継ぐ事業の価値や、M&Aの際の評価額にも直結します。今のうちに収益構造を整えておくかどうかで、将来の選択肢の幅が変わります。
3.オーナーが押さえておくべき3つの影響
① 人件費総額の恒常的な上昇
最低賃金の引き上げは一度きりのコスト増ではなく、翌年以降も繰り返される恒常的な費用増加です。時給を引き上げれば、それに連動して既存社員の給与・賞与の水準見直し圧力もかかり、想定以上に人件費全体が膨らむケースがあります。
② 採用競争の激化と人手不足の深刻化
最低賃金が上がっても、近隣の同業他社や大手チェーンがさらに高い時給を提示すれば、人材は流出します。「賃上げしても人が採れない」状況が起こり得るため、賃金以外の魅力づけも含めた経営判断が求められます。
③ 利益率の圧迫と自分自身の取り分の減少
価格転嫁が進まないまま人件費だけが上昇すると、営業利益率は年々低下します。多くの中小企業では、この皺寄せが最終的にオーナー自身の役員報酬や会社に残せる利益の圧縮という形で表面化します。「従業員の給料は上がったが、経営者の手取りは減った」という事態は珍しくありません。
4.オーナーが今すぐ判断すべき4つのテーマ
① 自社の人件費増加の見通しを数字で持つ
- 現在の時給水準と最低賃金の差額(あと何円で最低賃金に張り付くか)を把握する
- 過去3年分の引き上げ率をもとに、3年後・5年後の人件費総額を試算する
- 社会保険適用拡大の対象になりうるパート従業員数を洗い出す
「いくら増えるか」を数字で把握しないまま毎年の引き上げに場当たり的に対応していると、自分の役員報酬や資金繰りが後手に回ります。経営会議や税理士との面談の場で、この試算を毎年更新する習慣を持つことをおすすめします。
② 値上げ・価格転嫁を経営判断として決める
- 自社が「下請法(旧下請法)」上の中小受託事業者に該当するか確認する
- 労務費の上昇分を明確な根拠資料(賃金台帳、最低賃金の推移など)とともに取引先へ提示する
- 価格交渉促進月間(3月・9月)などの機会を活用し、価格協議を「求めたこと」の記録を残す
下請法では、価格協議の求めに応じない一方的な代金決定が禁止されています。労務費上昇分の価格転嫁は、現場の頑張りで乗り切るものではなく、オーナー自身が「交渉すべき権利」として決断し、旗を振るべきテーマです。
③ 給料の仕組みを「戦略」として設計し直す
- 最低賃金の上昇によって新人と中堅社員の時給差が縮まっていないか点検する
- 職務内容・責任範囲に応じた時給・等級の差をつける仕組みを整備する
- 昇給を「最低賃金追従型」から「評価連動型」に切り替える
賃金が横並びになると、会社を支えてきた中堅社員のモチベーション低下や離職につながります。最低賃金の引き上げは、「誰にどう報いたいか」という自社の給料の考え方を、オーナー自身が改めて言語化する機会でもあります。
④ 人に頼らず稼げる体制への投資判断
- 業務効率化につながる設備投資(省力化投資補助金、IT導入補助金など)を検討する
- 賃上げ促進税制(中小企業向け)の適用要件を確認し、適用漏れがないようにする
- 教育訓練費の上乗せ措置が縮小方向にあるため、適用を受ける場合は早めに実施する
人件費の上昇スピードに稼ぐ力が追いついていない状態が続くと、いずれ投資の原資すら確保できなくなります。目先の負担感だけで判断せず、将来の収益構造を変えるための先行投資として捉えられるかどうかが、オーナーの経営判断として問われます。
5.オーナーが選べる3つのアプローチ
どれか一つで解決する問題ではありません。「値上げで原資を確保しながら、投資と給料の仕組みで人件費増を吸収できる体質に変えていく」という組み合わせを、オーナー自身が経営方針として打ち出すことが基本になります。
6.楽観的な見通しに頼らない
最低賃金の引き上げを支えてきた賃上げ促進税制などの優遇措置も、教育訓練費の上乗せ措置の縮小など、段階的に手薄になっていく方向にあります。「制度に頼って乗り切る」という発想は、今後さらに通用しにくくなっていきます。
政府目標や人口減少という構造要因を踏まえれば、賃金の上昇圧力そのものが弱まる兆しは見えていません。上がり続けることを前提とした経営体質への転換を、待ったなしで判断すべき局面に来ています。
「毎年上がる」を前提に、経営者として逆算して動く
最低賃金の引き上げは、現場任せの単年度対応ではなく、オーナー自身が向き合うべき複数年がかりの経営テーマです。
まずは「3〜5年後にいくら人件費が増えるか」を自分の数字として持つことから始め、値上げ・投資・給料の仕組みのどれを優先すべきかを、自社の状況と自身の将来設計(事業承継や資産形成も含めて)に合わせて判断する。そのうえで、価格交渉のタイミングや助成金の申請時期を逆算して動き出すことが、賃上げ時代を乗り切るための最も確実な一歩になります。
自社の状況に応じた具体的な試算や、事業承継・資産形成まで見据えた総合的な対策については、早めに顧問税理士にご相談することをおすすめします。

